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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)2040号 判決

原告

後藤運送株式会社

原告

佐藤茂吉

他二名

原告ら代理人

江口保夫

外四名

被告

近鉄大一トラック株式会社

代理人

藤井宏

主文

被告は、原告佐藤両名に対し各四四万六九一八円、原告藤原に対し九七万一八三四円、原告会社に対し六万七四二五円およびこれらに対する各昭和四二年三月一〇日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、これを八分し、その七を原告らの負担とし、その一を被告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、かりに執行することができる。

事実

第一  原因判決の存在

本判決は、本訴請求の原因について当裁判所が昭和四三年一〇月一七日に言渡した次のような内容の原因判決と一体をなすものである。

一  昭和四〇年三月二八日午前一時四〇分ごろ、静岡県吉原市田中新田一八〇番地先国道一号線上において、佐藤五郎が運転し、藤原六郎が助手席に同乗する普通貨物自動車(いすず六四年式)と真野康雄が運転する大型貨物自動車とが正面衝突し、これにより五郎および六郎が死亡し、原告車が破損した。

二  被告は、原告佐藤両名、同藤原に対しては自賠法三条により、原告会社に対しては民法七一五条一項により、右事故によつて五郎、六郎および原告らに生じた各損害を賠償する責任がある。

三  右事故の発生については五郎の過失も寄与しているのであるから、原告らの各賠償額算定につき、これを斟酌すべきところ、五郎と康雄の過失割合はおよそ七対三と認めるのが相当である。

第二  当事者の申立

一  請求の趣旨

1  被告は、原告会社に対し七六万七五五四円、原告佐藤両名に対し各三二一万〇〇八七円、原告藤原に対し六五〇万〇三七六円およびこれらに対する昭和四二年三月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする

との判決

第三  当事者の主張

一  請求の原因

(一)  損害

1 五郎に生じた損害

(1) 原告会社の運転手であつた五郎が死亡によつて喪失した得べかりし利益は、次のとおり八七九万八五八四円と算定される。

(死亡時)    一九歳

(推定余命)   五〇年以上(平均余命表による)

(稼働可能年数) 四三年三か月

(収益) 昭和四四年六月までの四年三か月間は一か月二万八五六〇円、同年七月(以下基準時という)以降は一か月六万一四一〇円(原告会社における昭和四三年度の平均賃金による)

(控除すべき生活費) 基準時までは一か月一万円、基準時以降は収益の約五割に相当する一か月三万〇七〇三円

(毎月の純利益) 基準時までは一万八五六〇円、基準時以降は三万〇七〇七円

(年五分の中間利息控除) 基準時以降の分につきホフマン複式(年別)計算による。

(2) 原告佐藤両名は五郎の両親であり、同人には配偶者も子もいない。よつて、相続分に従つて、右五郎の賠償請求権を四三九万九二九二円ずつ相続した。

2 原告佐藤両名の慰藉料

五郎が死亡したことにより原告佐藤両名が受けた精神的損害を慰藉すべき額は各一五〇万円が相当である。

3 六郎に生じた損害

(1) 原告会社の運転手であつた六郎が死亡によつて喪失した得べかりし利益は、次のとおり八六五万五〇三九円と算定される。

(死亡時) 一八歳

(推定余命) 五一年以上(平均余命表による)

(稼働可能年数) 四二年三か月

(収益) 基準時までは一か月二万八四三〇円、基準時以降は前記五郎の場合に同じ

(控除すべき生活費) 前記五郎の場合に同じ

(毎月の純利益) 基準時までは一万八四三〇円、基準時以降は前記五郎の場合に同じ

(年五分の中間利息控除) 前記五郎の場合に同じ

(2) 原告藤原は、六郎の母であり、同人の唯一の相続人である。よつて、同原告は、右六郎の賠償請求権を全部相続した。

4 原告藤原の慰藉料

六郎が死亡したことにより原告藤原が受けた精神的損害を慰藉すべき額は三〇〇万円が相当である。

5 原告会社の損害

原告会社は、その所有にかかる原告車が破損したことにより、次のような損害を受けた。

(1) 車両損(全損)六一万〇八〇四円

(2) 車両運搬費 二万四七五〇円

(3) 休車損(三か月間)三四万二〇〇〇円

また、従業員であつた五郎および六郎の遺族に対し弔慰金一〇万円を支払つたことにより同額の損害を受けた。

6 損害の填補

(1) 原告佐藤両名は、強制保険金各四〇万円および労災補償金各一四万円を、原告藤原は、強制保険金八〇万円および労災補償金二八万円をそれぞれ受領した。

(2) 原告会社は、車両保険により、前記5(1)の損害のうち三一万円について損害の填補を受けた

7 弁護士費用

以上により、原告佐藤両名は各五三五万九二九二円を、原告藤原は一〇五七万五〇三九円を被告に対し請求しうるものであるところ、被告がその任意の弁済に応じないので、同原告ら弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、東京弁護士会所定の報酬範囲内で、原告佐藤両名は各三万五〇〇〇円を、原告藤原は七万円を手数料として支払つたほか、成功報酬として同原告らは各認容額の二割をそれぞれ支払うことを約した。

(二)  結論

以上の理由により、被告に対し原告佐藤両名は各五三九万四二九二円を、原告藤原は一〇六四万五〇三九円を、原告会社は七六万七五五四円をそれぞれ請求しうるところ、本訴においては、過失相殺がなされることもありうることを考慮して、原告佐藤両名は各三二一万〇〇八七円、原告藤原は六五〇万〇三七六円、原告会社は七六万七五五四円およびこれらに対する訴状送産の日の翌日である昭和四二年三月一〇日以降各支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の主張

(訴変更に対する異議)

原告佐藤両名、同藤原は、五郎および六郎の逸失利益を訴状では同人らの事故当時の給与に基づいて算定し、五郎につき四五〇万〇一七四円、六郎につき四五八万〇三七六円と主張していたところ、前記中間判決がなされた後になつて、前記の如く主張を変更するとともに新たに弁護士費用を請求するに至つた。

これは、原因判決において原告側に七割という高度の過失が認定されたため、認定額が減ずるのを回避することを狙いとして、損害額の主張につき大幅な水増しをなしたもので、信義誠実の原則にもとり、公平の原則にも反する不当な請求の拡張であつて、被告にとつては全くの不意打ち行為であり、時機に後れた攻撃方法であること明らかであるから、当然却下されるべきである。

(請求原因に対する答弁)

第一項の6の(1)、(2)は認め、その余は知らない

第四 証拠関係〈略〉

理由

原告らの被告に対する損害賠償請求権の存在および過失相殺の範囲・程度については、前記のとおり、本件原因判決においてすでに判断を示しているので、本判決においては、請求の数額についてのみ判断する。

一訴変更の可否に関する中間の争について

原告ら訴訟代理人は、原告佐藤両名、同藤原に関する損害として、本件原因判決がなされる以前は、五郎の生前得ていた給与に基づいて算定した逸失利益四五〇万〇一七四円、原告佐藤両名の慰藉料各一〇〇万円、六郎の生前得ていた給与に基づいて算定した逸失利益四五八万〇三七六円、原告藤原の慰藉料一五〇万円を主張していたのであるが、本件原因判決言渡後、まず昭和四四年一月二九日付訴変更申立書に基づいて、原告佐藤両名の慰藉料を各一五〇万円に、原告藤原の慰藉料を三〇〇万円にそれぞれ増額し、その分だけ請求を拡張し、次いで同年九月五日付準準書面に基づいて、右逸失利益算定の基礎事実たる五郎および六郎の収益に関し事実摘示中請求原因の項記載の通りに主張を変更するとともに、新らたな損害費目として弁護士費用の賠償請求を追加した。

被告は、右準備書面に基づく主張の変更および損害費目の追加をもつて時機に後れた攻撃方法の提出なりと主張する。しかし、右主張は当を得ていないと考える。けだし、原因判決の言渡ないし、その基礎となつた最終口頭弁論に準備手続の終結と同一の効果を当然に認めることは困難であるから、原因判決がなされたから直ちに、請求の数額に関する攻撃方法の提出が制限されることはないと解すべきであるし、本件の場合、原因判決言渡後一旦和解手続に移行し、右準備書面は、同年八月二七日に再開された口頭弁論期日において、同年一一月五日に請求の数額に関する主たる証拠調べを行う旨の決定がなされた直後に提出されたものであつて、右攻撃方法の提出が時機に後れているともいえないからである。

よつて、被告の異議は採用しない。

二損害について

(一)  五郎に生じた損害

原告会社代表者本人尋問の結果、これにより真正なものと認められる甲第三号証の一および弁論の全趣旨によれば五郎は、事故当時、満一九歳の独身の男子であり、原告会社の運転手として一か月約二万八〇〇〇円の給与を得ていたことが認められ、これによれば、同人の稼働可能年数は三五年間、控除すべき生活費は一か月一万四〇〇〇円と認めるのが相当である。

以上の事実に基づき、年五分の割合による中間利息の控除をホフマン複式年別計算法によるとして、五郎が死亡したことにより喪失した得べかりし利益を算定すると、次のとおり三三四万六一二三円(円未満切捨)となる。

14,000円×12か月×19.9174=3,346,123円強

なお、右代表者本人尋問の結果によれば、原告会社においては、五郎が死亡した当時二万八〇〇〇円程度の月給を得ていた運転手は、右尋問当時(昭和四四年一一月)には六〜七万円の月給を得ていることが認められ、これによると、五郎も生存しておれば同程度の給与を得ているものと推認される。しかし、だからといつて、右事実に基づいて五郎の逸失利益を算定するのは妥当でない。死者の逸失利益は、死亡の時を基準に算定すべく、基準時においてすでに将来の稼働能力と評価しうるような高い蓋然性をもつて予定されている昇給については格別、企業の発展、貨幣価値の下落等経済情勢の変動にともなういわゆるベースアップは、特段の事情がない限り、逸失利益の算定にあたり考慮すべきでないと解すべきところ、五郎の場合、その後、同僚の給与が増額したことから直ちに、死亡の時点において右のような意味における昇給が予定されていたものと認めることはできないし、他にこの点を認めるに足りる証拠がない以上、右増額はすべてベースアップによる分であるとみるほかないからである。なお、以上のことは、後に述べる六郎の場合にも、いえることである。

ところで、本件事故の発生については五郎にも過失があつたのであるから、本件原因判決において判示した過失割合によつて過失相殺すると、右損害のうち被告の賠償すべき額は一〇〇万三八三六円(円未満切捨)となる。

弁論の全趣旨によれば、五郎には配偶者も子もなく、原告佐藤両名は同人の両親であることが認められるから、同原告らは、五郎の右損害賠償請求権を二分の一ずつ相続により承継取得したものといえる。その額は各五〇万一九一八円である。

(二)  原告佐藤両名の慰藉料

五郎が死亡したことにより両親たる原告佐藤両名が受けた精神的損害を慰藉すべき額は、各四五万円をもつて相当と認める。

(三)  六郎に生じた損害

〈証拠〉によれば、六郎は、事故当時、満一八歳の独身の男子であり、原告会社の運転手として一か月約二万八〇〇〇円の給与を得ていたことが認められ、これによれば、同人の稼働可能年数は三六年間、控除すべき生活費は一か月一万四〇〇〇円と認めるのが相当である。

以上の事実に基づき、年五分の割合による中間利息の控除をホフマン複式年別計算法によるとして、六郎が死亡したことにより喪失した得べかりし利益を算定すると、次のとおり三四〇万六一一六円となる。

14,000円×12か月×20.2745=3,406,116円

これを前記過失割合によつて過失相殺すると、右損害のうち被告の賠償すべき額は一〇二万一八三四円(円未満切捨)となる。

〈証拠〉によれば、六郎には配偶者も子もなく、原告藤原は同人の母で、父は六郎の死亡する以前に死亡していることが認められるから、同原告は、六郎の右損害賠償請求権を全額相続により承継取得したものといえる。

(四)  原告藤原の慰藉料

六郎が死亡したことにより母親たる原告藤原が受けた精神的損害を慰藉すべき額は九〇万円をもつて相当と認める。

(五)  損害の填補

原告佐藤両名が強制保険金各四〇万円および労災補償金各一四万円を、原告藤原が強制保険金八〇万円および労災補償金二八万円をそれぞれ受領したことは当事者間に争いがない。

(六)  弁護士費用

以上により、被告に対し、原告佐藤両名は各四一万一九一八円を、原告藤原は九〇万一八三四円を請求しうるものであるところ、被告が同原告らに対し、賠償すべき弁護士費用は、本件訴訟の経過に鑑み、原告佐藤両名に対し各三万五〇〇〇円、原告藤原に対し七万円と認めるのが相当である。

(七)  原告会社の損害

1  車両損

〈証拠〉によれば、原告車は、原告会社が昭和三九年五月一六日代金八三万二〇〇〇円で購入したものであり、以来運送業を営む原告会社において業務用に使用していたのであるが、本件事故により大破し、使用できなくなつたことが認められ、これによれば、原告車の事故当時の価格は五〇万円程度と推認するのが相当であり(右認定に反する右代表者本人尋問の結果は採用しない。ちなみに、原告車の耐用年数を四年として、税法上の定率法を用いてその残存価額を算定すると、約五一万五〇〇〇円となる。)、原告会社は、原告車が大破したことにより右価格相当五〇万円の車両損を受けたことが認められる。

ところで、原告会社が右損害につき車両保険金三一万円を受領したことは当事者間に争いがないから、右損害からこれを控除する。

2  車両運搬費

〈証拠〉によれば、原告会社は、原告車の運搬を他に依頼し、請求金額二万四七五〇円を超える車両運搬費相当の損害を受けたことが認められる。

3  休車損

〈証拠〉によれば、原告会社は、事故当時原告車の運行により月三万円程度の純利益をあげていたこと、事故後直ちに代車購入の申込をしても、引渡を受けるまでに一〇〜一四日はかかつたであろうことが認められ、これによると、原告会社は、原告車が大破したことにより、少なくとも一万円の休車損を受けたものと認められる。

なお、〈証拠〉によれば、原告会社は実際には、事故の三〜四か月後に代車を入手したことが認められるが、右証拠によれば、これは、運転手の補充ができないため、購入を差控えたというにすぎないから右事実は、前記認定を妨げるものではない。

4  弔慰金を支出したことによる損害

〈証拠〉によれば、原告会社は、五郎および六郎の遺族に対し弔慰金各一〇万円を支払つたことが認められるが、右支出は、むしろ原告会社と被害者との人的関係に基づいてなされたものとみるべきであるから、これをもつて五郎および六郎が死亡したことにより原告会社に生じ、加害者に賠償を求めうる、いわゆる相当因果関係ある損害と評価することはできない。

以上によると、原告会社に生じた損害の合計は二二万四七五〇円であるところ、これを前記の過失割合によつて過失相殺すると、このうち被告の賠償すべき額は六万七四二五円である。

三結論

以上の理由により、被告は、原告佐藤両名に対し各四四万六九一八円、原告藤原に対し九七万一八三四円、原告会社に対し六万七四二五円およびこれらに対する訴状送達の日の翌日である昭和四二年三月一〇日以降各支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの本訴請求は、右の限度で理由があり、その余はいずれも失当である。

よつて、原告らの本訴請求中、理由のある部分を認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。(倉田卓次 並木茂 小長光馨一)

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